担任の先生は生徒たちに質問した。
「世界で一番強い女の子はだれですか?」
誰も答えられなかった。
それは1944年5月21日前でのことだったから?
あなたはその当時、もしかしたらまだ生まれていなかったかも、
第二次大戦が終焉したばっかりの頃。だから質問には当然答えられなかったかも。
2020年5月21日、同じ質問が出された。
「世界で一番強い女の子はだれですか?」
相変わらず答えられない人が出てくるかも、まだ生まれていないからかもです。
戦後75年が経ちましたが、知らない人にとってはいつまでたっても知らないということで終わるのです、
それがなにか、ですよね。長い間知らないままでいました、それがなにか、ですよね。
知らないといけないのでしょうか、
そんなことはないでしょう。こうして生きています。
知らないと行けない。逝けない? じゃあその前に読んでおきましょうか。
![Astrid Lengren.jpg](https://tysk.up.seesaa.net/image/Astrid20Lengren-c0d76-thumbnail2.jpg)
Immer noch ein starkes Mädchen
今以て強い女の子
1945 erschienen in Schweden
zum ersten Mal Astrid Lindgrens
unvergleiche Geschichten
rund um Pippi Langstrumpf -
bis heute erfreuen sie die Herzen der Kinder. この部分、ドイツ語解説→
1945年スウェーデンでは初めて、アストリッド・リンドグレーンの、「長くつ下のピッピ」についての比類なき物語が現れた。今日でもこの物語は子どもたちの心を喜ばしている。
Genau genommen wird Pippi Langstrumpf dieser Tage schon 76 Jahre alt: Am 21. Mai 1944 schenkte Astrid Lindgen ihrer Tochchter das Manuskript mit der Geschichte des stärksten Mädchen er Welt.
正確に言うと、「長くつしたのピッピ」は今日もう76才になります。1944年5月21日のこと、アストリッド・リンドグレーンは娘さんに世界で一番強い女の子のお話の詰まった原稿をプレゼントしたのです。
Karin war es eigenlich, die ein paar Jahre zuvor im Krankenbett ein Stück Weltliteratur für Kinder erfand: "Erzähl mir von Pippi Langstrumpf!", bat sie ihre Mutter. "Es war bloß ein Name, der mir in den Sinn gekommen ist", erinnert sich die heute 85-jährige Karin Nyman an den Beginn der Erfolgsgeschichte.
娘さんのカーリンさんその人だったのですが、彼女はその二、三年前病床にあって、児童世界文学の一つを創り出したのです。「長くつ下のピッピについてお話して」と彼女は母親におねだりしたのです。「わたしにとっては意味のある一つの名前でした」と今日85才のカーリン・ニイマンさんは成功物語の始まりを思い出すのです。
Ein Jahr später erschien 1945 die schwedische Erstausgabe von "Pippi Långstrump" im Handel. "Bitte rufen Sie nicht das Jugendamt", soll Lindgren gescherzt haben, als sie dem Verlag das Buch präsentierte. Denn Pippi war ein Mädchen, das alle Konventionen der Erziehung sprengte. Ohne jeglilche Autorität genoss sie ein freies, verrücktes Leben mit Tieren und Freunden, sie zeigte den Kriegs- und Nachkriegskindern einen Welt voll herzenguter Glückseligkeit. Als kunterbunte Rebellin, der keine Schranken gesetzt waren, revolutionierte sie das Mädchenbild in der Kinderliteratur, Pippilotta Viktualia Roogardina Pfefferminz Efraimstochter Langstrumpf wurde zum fröhlich-feministischen Vorbild für Generationen. Sogar Michelle Obama meinte einmal:"Pippi war mein Mädchen."
一年後の1945年「長くつ下のピッピ」のスウェーデン語の初版が本屋さんにお目見えしました。出版社に同書を提出した際、「お願いです、どうぞ児童福祉事務局には電話をなさらないでくださいな」とリンドグレーンは冗談を飛ばしたとのこと。というのもピッピは女の子、伝統的な教育のすべての枠を飛び越える。何らの権威もない、自由で狂った生活を動物やお友達と一緒に堪能する、この本は戦時中そして戦後の子どもたちにとってはこころから喜べるそんな世界を表現しています。色々な意味で反逆的な女の子、何らの制限も設けられていない、世界児童文学の分野にあって女の子像に革命をもたらしたのです。Pippilotta Viktualia Roogardina Pfefferminz Efraimstochter 長くつ下のピッピは何世代にも渡って喜びに満ちた女性権利解放の模範像になったのです。あのミッシェル・オバマさんもかつてこう言っています、「ピッピはわたしの(大好きな)女の子でした」。
Ihre Abenteuer wurden in 77 Sprachen übersetzt, knapp 66 Millilonen Exemplare weltweit verkauft, die Verfilmungen waren ebenfalls ein Hit. Die Feierlichkeiten rundum Karin NYzmans Geburtstag mussten coronabedingt leider abgesagt werden, in der Villa Kunterbunt in Schweden ist es erstaunlich ruhig. Was soll´s, dann wird eben nächstes Jahr gefeiert. Pippi wird ja ohnehin nie erwachsen..
ピッピの冒険は77ケ国語に翻訳され、世界中で6千6百万部が販売され、同作品の映画化も同様にヒットしました。カーリン・ニューマンさんの誕生日に関連した御祝いの催し物は全てコロナウィールスの所為で中止を余儀なくされました、スウェーデンはクンテルブント別荘では驚くほどに静かです。これはどういうことでしょう、で来年もお祝いがなされることでしょう。ピッピは何といっても大人になることはありませんし、、、。
Pippi Langstrumpf (Deutsch) Gebundene Ausgabe – 2.(ドイツ語翻訳版・ドイツ・アマゾン)
Pippi zieht in die Villa Kunterbunt ein
Außerhalb der kleinen, kleinen Stadt lag ein alter erwahrloster Garten.
In dem Garten stand ein altes Haus, und in dem Haus wohnte Pippi Langstrumpf.
Sie war neun Jahre alt, und sie wohnte ganz allein da. Sie hatte keine Mutter und
keinen Vater, und eigentlich war das sehr schön, denn so war niemand da,
der ihr sagen konnte, daß sie zu Bett gehen sollte, gerade wenn sie mitten im schönsten Spiel war,
und niemand, der sie zwingen konnte, Lebertran zu nehmen, wenn sie lieber Bonbons essen wollte.
今日に生きるドイツ婦人なのでしょうか、読者評価で一つ星、この本についてはとっても否定的。子供時分には読むことを強制されたとか。まあ、評者の素性は全然わかりませんが、わたしはドイツの、多分、ご年配婦人と推測してみました。当ドイツ婦人の気質には合わないヘンなお話だった、とか?
さて、ここからはドイツ語記事の翻訳の続きではありませんので、ご注意ください。
わたしはこの本については全然知りませんでした。わたしは女の子ではなかったからでしょうか。いいえ、そんなことはないかと思います。まあ、なんと言いましょうか、本を読むことは余りしない子として育てられていたからもしれません。
この本については、まあ、別に驚くにも値しませんでしょうが、当地ヨーロッパに住み着くようになってから、その存在を知るようになりました。特にスウェーデン語とのお付き合いが始まってからはいつかは大人ではありますが、多分読むことになる、または読んでみようかという気になる、気になって読むかもしれないと思っていました。いつか読むかもしれないと無意識下に思っていたと思います。
この本のドイツ語訳を地元の図書館で借りてきて貰って、この大の大人が子供の本を借りるのもちょっと変に退けて、借りてきてもらいました。ドイツ語で読もうとしました。子供の本なのだからこの大の大人にとっては簡単に読めるものと決め込んでいましたが、いやいや、そんなことはないのですね。
ドイツ語の知識が日本に居たときよりもたくさん増えたという感じは持っていましたが、実際のドイツ語文に目を通し始めたらスイスイイ~と読み進んでいける自分を発見して驚いてしまいました、な~んて書き続けて行きたいところですが、そうではありませんでした。
ス~イスイッ~(誰かがそんな風に歌っていたのを思い出しますか?)と読んでいけるわい、と思わせてはくれないわい、そんあドイツ語翻訳本でした。これは子供向けの本だといっても日本語で書かれた本として読んでみようとしているわたしではありませんでしたから、当然と言えば当然かもしれませんね。
わたしにとってはドイツ語は相変わらず外国語であって、母国語のようにすらすらと何の困難も感ぜずに読み進めて行けるものではありせんでした。
もうヨーロッパには10年以上、住み着いてみますが、10年前に通読しようと思って借りてきてもらった同書も読みきれず返却期限が来たということで未読了に終わってしまっていました。10年以上経った今日、いかがなものでしょうか。再度、そんなにも有名な本なのか、そんなに面白いのか、ということで通読してみようかと考えていました。
まあ、ドイツ語で読めればそれはそれで良いのですが、わたしの再挑戦は原書で読んでみようということです。一部でしかでありませんが、今はオーディオで聞いて聴解に挑戦しようと思っています。作者のご本人が朗読しているオーディオ、また声優が読んでいるオーディオ、わたしは声優(もちろん女性、女声です)が情を込めて読んでいる方がわたしには耳を集中して傾けていられます。
日本を後にしたその当時、スウェーデン語を勉強するようになるとはおもっていませんでしたが、今、勉強中です。スウェーデン語で読んで見る、聞いてみる、といったことも当然といえば当然でしょうね、と自画自賛、つまり自分に発破をかけています。
子供向けのスウェーデン語である筈だから、簡単に分かるだろうと高を食っているのですが、、、実はそんな思い上がった気持ちでは聞き取れませんね。何度も何度も聞き直しては知っている単語がいくつかやっと聞き取れるという。全部が全部聞き取れるという塩梅ではありません、まだ、残念ながら。
やはり語彙力が十二分にはまだ育っていないことを思い知らされます。でもスウェーデン語のリズムは聞いていて気持ちが良いものです。眠たくなりそうになります、早くリズムに乗れるように日々、頑張って行かなくてはと変に決意しています。まあ、語学は楽しみながらマイペースでゆくのが一番。急いでも急ぐほどには上達しないのはまだ十分にはのめりこむ、immersion というそうです、それが出来ていないからでしょうか。
子供用の本だといっても侮れません。尤も子供用だから子供が読めば分かるというものでもないかもしれません。子供用だから大人が読んでも簡単に分かってしまうと思い込んで読んでみたら、あらっ、読んでも別に面白いとも思えてきません。大人になってしまってから子供用の本を読むというのはどういう意味があるのでしょうか。意味はあまりないとかんじてしまいます。
ところで、「世界で一番強い女性は誰ですか」という質問が出てきたとします。
答えが出てくるものでしょうか。
その質問をどのように受け取るかによって色々な答えがでてくるかもしれませんね。
あなたはどうですか。
それを知ってどうするのですか、わたしは反対に質問を返してしまうかもしれません。