オーストリアという国名を聞くと、どのようなイメージを抱くでしょうか。
本日、2025年10月26日はオーストリア建国記念日、祝日です。
10月26日は毎年、巡ってきますが、この日、オーストリア国内は第2次世界対戦後に獲得した「建国」を祝っている。
年初、地元の薬局で貰って来たカレンダーをちらっと見たら、この日は Nationalfeiertag と記されている。
オーストリア国の歴史を勉強してみようかなあ、と思ってオーストリア国の歴史を記した本を入手しましたが、そのままになってしまっている。細かい字でぎっしりと印刷されている、読者の目の健康に何ら配慮していないようで、軽い気持ちで手に取って、いや、どうも読む気が起こらない、読まないからといって誰かに怒られてしまうといったことにはならないと思いますが、ね。
「オーストリアに帰化したくはないの?」とあるコースに参加していたら、オーストリア人の御婦人が一度、尋ねてきたことがあった。
「まあそんな積りはありません」と応えたら、「そうでしょうね」と納得したらしい、最初から答えは分かっていましたよ、といった相槌。「日本人は誇り高いからねえ」とその理由を知っているかのように付け足した。
国籍を変えることの必要性を感じない。でもヨーロッパ全体を見渡してみると地続きでたくさんの国で構成されていますし、別の国籍を取ろうとする人たちも結構いるようです。オーストリアに移民としてやってきて、滞在許可が得られるといつかはオーストリア国籍を取得しようと意図している人たちも結構いるようです。
世界は一つ、といった感覚で、昨今、ヨーロッパの各国には日本人が住んでいないという国は少ないと思われますが、旅行者として長期滞在しているのでしょうか、それともその国の国籍を取得したので、その国に留まって生活者として住み続けているのでしょうか。その国、その地に永住、そんな日本人もいらっしゃることでしょうね。
ORF-Wehrschütz gnadenlos: "Wir sind nicht neutral"
オーストリア放送局(ORF) のヴェアシュッツ氏は無慈悲にも「我々は中立ではない」と発言。
「我々」とは誰のことでしょう。この言葉を聞くと、また見ると、ついつい突っ込みたくなります。因みに ORF とは日本の NHK に該当するようなラジオ・テレビ放送局のこと。
Die Regierung will sich als neutraler Ort für Ukraine-Gespräche
ins Spiel bringen. "Das ist ein Mythos", sagt Christian Wehrschütz
im "Heute"-Talk. https://www.heute.at/s/orf-wehrschuetz-gnadenlos-wir-sind-nicht-neutral-120139730?
オーストリア政府はウクライナ対話のために中立地として使うようにさせたい。「それは神話だ」とクリスチャン・ヴェアシュッツ氏は日刊新聞「Heute紙」のトークショーで言う。
Für die einen ein Segen, für die anderen längst überfällig:
die Neutralität. Seit ihrer Beschlussfassung am 26. Oktober
1955 ist sie fixer Bestandteil unserer Identität – und Grund
dafür, dass Österreich Jahr für Jahr seinen Nationalfeiertag
begeht.
ある者にとっては祝福であり、別の者にとっては長いこと遅れたもの:中立性。1955年10月26日に決定されて以来、それは我々のアイデンティティの重要な要素であり、オーストリアが毎年、建国記念日を祝う理由となっている。
Doch auch rund 70 Jahre nach ihrer Ausrufung sorgt
die Neutralität im politischen Alltag weiter für Debatten.
Spätestens seit dem russischen Angriff auf die Ukraine
wird sie bei außenpolitischen Fragen immer wieder
ins Zentrum gerückt. Jüngstes Beispiel: Österreich hat
sich offen gezeigt, bei möglichen Friedensverhandlungen
im Ukraine-Krieg eine vermittelnde
Rolle zu übernehmen.
しかし、その宣言から約70年が経過した今でも、中立性は政治の日常において議論を引き起こし続けている。少なくともロシアのウクライナ侵攻以降、外交問題において中立性は常に注目の的となっている。最近の例として、オーストリアがウクライナ戦争における和平交渉において仲介役を務めることを公に表明したことが挙げられる。
"Heute" sprach mit dem langjährigen ORF-Korrespondenten
Christian Wehrschütz, der über 25 Jahre von den Frontlinien
Europas (Balkan, Ukraine) aus berichtete. In der Neutralitäts-
Debatte verweist er auf den Fall der Ukraine, die in ihrer
Verfassung einen blockfreien Status gehabt habe – und
trotzdem wurde sie angegriffen. "Das zeigt: Neutralität ist
kein Schutzfaktor", so Wehrschütz. Österreich sei allerdings
auch in einer anderen geopolitischen Lage als die Ukraine.
「Heute紙」は、長年にわたりオーストリア放送協会(ORF)の特派員を務め、25年以上にわたりヨーロッパの戦線(バルカン半島、ウクライナ)から報道してきたクリスチャン・ヴェアシュッツ氏に話を聞いた。中立性に関する議論の中で、彼はウクライナの事例を挙げ、同国は憲法上で非同盟の地位を定めていたにもかかわらず、攻撃を受けたと指摘した。「これは、中立性が保護要因ではないことを示している」とヴェアシュッツ氏は述べた。しかし、オーストリアはウクライナとは地政学的に異なる立場にあるとも述べた。
"Aber warum glauben so viele, dass Österreich heute
überhaupt noch neutral ist?", fragt sich der Korrespondent.
Denn in der Praxis sei Österreich nie wirklich neutral gewesen.
"Schon während des Kalten Krieges war die Verteidigungsdoktrin
darauf ausgelegt, den Vormarsch der Sowjets so lange aufzuhalten,
bis die Amerikaner kommen."
「しかし、なぜこれほど多くの人々が、オーストリアが今日でも中立であると考えているのか?」と同特派員は疑問を投げかける。実際、オーストリアは決して真の中立国ではなかったからだ。「冷戦時代でさえ、防衛政策はアメリカ軍が到着するまでソ連軍の進撃を阻止することを目的としていた」と。
「恥さらし、だ」とウクライナ国滞在のオーストリア人特派員吠える
Putin, Ukraine, EU, Österreich
プーチンのこと、ウクライナのこと、EUのこと、オーストリアのこと
"Eine Schande" – Wehrschütz rechnet schonungslos ab
「恥さらし、だ」とヴェアシュッツ氏は容赦なく決算を下す
出典 https://www.heute.at/s/eine-schande-wehrschuetz-rechnet-schonungslos-ab-120110394
Christian Wehrschütz berichtet seit Kriegsbeginn
als Korrespondent aus der Ukraine. Jetzt rechnet er
schonungslos mit der Politik und auch Europa ab.
クリスチャン・ヴェアシュッツ氏は(ウクライナ)戦争開始以来、ウクライナ国から(日本のNHKに相当する、オーストリア・ラジオ・テレビ放送局 "ORF" 派遣の、訳者)特派員として報道している。今や同氏は(オーストリアの? 訳者)政治について、それにヨーロッパについても厳しい目を向ける。
Er nimmt sich kein Blatt vor den Mund!
Der bekannte Kriegskorrespondent Christian Wehrschütz
teilt in einem "Kleine Zeitung"-Interview rund um den
russischen Angriffskrieg gegen die Ukraine heftig aus.
同氏は歯に衣を着せない! 名の知られた戦争特派員のクリスチャン・ヴェアシュッツ氏は「クライネ・ツァイツング(オーストリアの新聞、訳者)のインタヴューでロシアのウクライナ侵攻戦争について自分の見解を熾烈に述べる。
"Die Europäer haben eine zutiefst heuchlerische Haltung",
donnert er in Richtung Brüssel. Denn während gleichzeitig
Unterstützung für die Ukraine beschworen werde, würden
ab Juni wieder Zölle auf deren landwirtschaftlichen Produkte
erhoben. "Wenn das eine konsequente Unterstützungspolitik ist,
dann kenn’ ich mich nicht aus."
「ヨーロッパの人間たちの姿勢は全く欺瞞的だ」と同氏はブリュッセルの方に向かって怒鳴りつける。と言うのもウクライナに対する支援を約束していると同時に、来る6月からは農業製品に対する関税をまたも引き上げる。「それが(ウクライナに対する、訳者の補足)責任ある支援政策というものだとしたら、自分としてはもうどうなっているのか分からない」と。
Nach drei Jahren voller Zerstörung und unzähliger Tote
hätte man es immer noch nicht geschafft, Kriegstreiber
Wladimir Putin zum Einlenken zu bringen, kritisiert Wehrschütz.
Das Gegenteil sei der Fall: Die Russen wähnten sich auf dem Schlachtfeld
überlegen und zeigten nun sogar eine noch geringere Bereitschaft,
sich auf irgendwelche Kompromisse einzulassen.
広範な破壊と無数の死者が出ている3年間が経った後、相変わらず戦争屋のプーチンを降参させることが出来ないでいる、とヴェアシュッツ氏は批判。現実はその反対になっている、と。ロシア人たちは戦場では優位に立っていると考えているし、今や何らかの妥協を受け入れるという意思も希薄だ。
Auch das geschlossene Vorgehen der EU und der USA,
auch puncto Waffenlieferungen, sei inzwischen zerbröselt:
"Amerikaner und Europäer haben keine gemeinsame Linie.
Das Einzige, was beide gemeinsam haben, ist: Sie sind nicht bereit,
für die Ukraine zu sterben."
EUとアメリカの一致団結したアプローチも、それから武器提供に関しても、そうこうするうちに崩れてしまった。「アメリカ人とヨーロッパ人に共通の路線はない。唯一共通しているのは、どちらもウクライナのために死ぬ覚悟がないということだ」。
"Nur lächerlich"
「まったく馬鹿げている」
Als Ausweg sieht er nur einen neuerlichen radikalen Kurswechsel
durch Donald Trump: "Die Amerikaner müssten sagen: Wir können
das alles nicht zulassen, wir müssen die Ukraine so unterstützen,
dass sie in eine Position kommt, wo sie die Front stabilisiert und
die Kriegskosten für Russland so hoch werden, dass der Kreml
zu einem Kompromiss bereit ist." Die Ukraine brauche zudem
belastbare Sicherheitsgarantien analog zu Artikel 5 der NATO.
ヴェアシュッツ氏は、ドナルド・トランプによる新たな急進的路線変更だけが唯一の出口だと考えている: 「アメリカはこう言わねばならぬだろう。つまり、このような事態を許すわけにはいかない。ウクライナが戦線を安定させ、ロシアにとって戦争の代償が高くなり、クレムリンが妥協する用意ができるような状態になるよう、我々はウクライナを支援しなければならない、と」。ウクライナはまた、NATOの第5条に類似した強固な安全保障も必要としている。
"Das einzig Seriöse, was Europa tun könnte, ist,
die Ukraine so aufzupäppeln, dass […] sie nach einem allfälligen
Waffenstillstand in der Lage ist, den Eintrittspreis so hochzuhalten,
dass man sie nicht angreift. […] Die Rückkehr zu einer Realpolitik
ohne große Ankündigungen wäre vielleicht der erste Schritt.
Nach Kiew fahren und große Töne zu spucken – das ist kontraproduktiv.
Wenn Merz Putin ein Ultimatum stellt, ist das nur lächerlich."
「欧州ができる唯一の真剣なこと、それは停戦の可能性が高まった後、ウクライナが攻撃されないように入場料を十分に高く維持できるような形でウクライナを安定させることだろう。[中略)大げさな発表をせずに現実的な政治に戻ることが、おそらく最初の一歩になるだろう。キエフに出向いて行って大口をたたくのは逆効果だ。メルツ(ドイツ語国の新首相、訳者、ご存じでしょう)がプーチンに最後通牒を突きつけるなんて馬鹿げている」。
"Kanonenfutter, keine Soldaten"
「大砲の餌であって、兵士ではない」
Wir als Europäer müssten endlich aufwachen und
in die Gänge kommen, mahnt Wehrschütz: "Wenn wir
irgendeine minimale Rolle in der Welt spielen wollen,
müssen wir in der Lage sein, uns selbst zu schützen."
Dabei lässt sich der Milizoffizier auch zu einer harschen Kritik
an der österreichischen Innenpolitik hinreißen: "Sechs Monate
Wehrdienst sind eine Schande. Damit produzieren wir
Kanonenfutter und keine Soldaten."
我々ヨーロッパ人はついに目を覚まし、ギアを入れなければならない、とヴェアシュッツ氏は警告する。「我々(オーストリア人のこと? 訳者)が世界で何らかの最低限の役割を果たしたいのであれば、自分の身は自分で守らなければならない」と。その過程で、民兵将校はオーストリアの国内政策に対する厳しい批判にも熱を上げている: 「(オーストリア国では、訳者の補足)六か月間の兵役義務があるが、それは恥だ。と言うのも我々は大砲の餌を生産しているのであって、兵士を生産しているのではない」
Auch die NATO als Verteidigungsmacht sieht der Kriegsberichterstatter
in Trümmern liegen. Wer zieht in den Krieg, sollte Russland nur ein kleines Dorf
im Baltikum angreifen? "Die Europäer sicher nicht", lautet seine düstere Antwort.
Dann wäre die NATO tot: "Wenn sie sich genauso heldenhaft verhalten wie 2004
beim Aufstand im Kosovo, dann ist das eh wurscht." Ohne die USA ist das Bündnis
für Wehrschütz de facto wertlos: "Die NATO hat immer geheißen: amerikanische
Rückversicherung."
戦争特派員はまた、NATOを 廃墟と化した防衛軍と見ている。ロシアがバルト三国の小さな村一つを攻撃したところで、誰が戦争を仕掛けるのか?という問いに、同氏は「もちろんヨーロッパ人ではない」と答えた。「もし彼らが2004年のコソボ蜂起のときと同じように英雄的な振る舞いをすれば、いずれにせよ問題にはならない」。アメリカがいなければ、ヴェアシュッツ氏にとって同盟は事実上無価値である。「NATOは 常にアメリカの再保険だ、と言われてきた」と。
"Werden immer wieder auf die Nase fallen"
「何度となく失敗するだろう」
Ohne eine neuerliche Aufrüstung werde Europa weiter
vom Kreml verachtet und ignoriert werden: "Putin nimmt
die ernst, die ihm etwas entgegenzusetzen haben", schärft
Wehrschütz nach.
新たな軍備がないとヨーロッパ(関連国)は相変わらずクレムリンによって馬鹿にされ無視されるだろう、と。「プーチンは自分に反対する何かを持つ者たちを真剣に受け止めるんだよ」ヴェアシュッツ氏は強調。
Er warnt vor völlig neuen Playern auf der Bühne der Geopolitik:
"Das Zeitalter der westlichen Dominanz ist vorbei. Das haben wir
noch immer nicht kapiert. Wir sind nicht mehr unipolar. Wenn wir
das nicht verstehen, werden wir immer wieder auf die Nase fallen."
地政学のステージの上に全くの新顔プレーヤーたちに対して警告している。「西側諸国の支配時代はもう終わっている。このことを未だ我々は理解していない。我々はもう単極ではないんだよ。このことを理解しないとなると、我々は何度でも顔を真っ赤にすることだろう」と。
プーチンのこと、ウクライナのこと、EUのこと、オーストリアのこと
"Eine Schande" – Wehrschütz rechnet schonungslos ab
「恥さらし、だ」とヴェアシュッツ氏は容赦なく決算を下す
出典 https://www.heute.at/s/eine-schande-wehrschuetz-rechnet-schonungslos-ab-120110394
Christian Wehrschütz berichtet seit Kriegsbeginn
als Korrespondent aus der Ukraine. Jetzt rechnet er
schonungslos mit der Politik und auch Europa ab.
クリスチャン・ヴェアシュッツ氏は(ウクライナ)戦争開始以来、ウクライナ国から(日本のNHKに相当する、オーストリア・ラジオ・テレビ放送局 "ORF" 派遣の、訳者)特派員として報道している。今や同氏は(オーストリアの? 訳者)政治について、それにヨーロッパについても厳しい目を向ける。
Er nimmt sich kein Blatt vor den Mund!
Der bekannte Kriegskorrespondent Christian Wehrschütz
teilt in einem "Kleine Zeitung"-Interview rund um den
russischen Angriffskrieg gegen die Ukraine heftig aus.
同氏は歯に衣を着せない! 名の知られた戦争特派員のクリスチャン・ヴェアシュッツ氏は「クライネ・ツァイツング(オーストリアの新聞、訳者)のインタヴューでロシアのウクライナ侵攻戦争について自分の見解を熾烈に述べる。
"Die Europäer haben eine zutiefst heuchlerische Haltung",
donnert er in Richtung Brüssel. Denn während gleichzeitig
Unterstützung für die Ukraine beschworen werde, würden
ab Juni wieder Zölle auf deren landwirtschaftlichen Produkte
erhoben. "Wenn das eine konsequente Unterstützungspolitik ist,
dann kenn’ ich mich nicht aus."
「ヨーロッパの人間たちの姿勢は全く欺瞞的だ」と同氏はブリュッセルの方に向かって怒鳴りつける。と言うのもウクライナに対する支援を約束していると同時に、来る6月からは農業製品に対する関税をまたも引き上げる。「それが(ウクライナに対する、訳者の補足)責任ある支援政策というものだとしたら、自分としてはもうどうなっているのか分からない」と。
Nach drei Jahren voller Zerstörung und unzähliger Tote
hätte man es immer noch nicht geschafft, Kriegstreiber
Wladimir Putin zum Einlenken zu bringen, kritisiert Wehrschütz.
Das Gegenteil sei der Fall: Die Russen wähnten sich auf dem Schlachtfeld
überlegen und zeigten nun sogar eine noch geringere Bereitschaft,
sich auf irgendwelche Kompromisse einzulassen.
広範な破壊と無数の死者が出ている3年間が経った後、相変わらず戦争屋のプーチンを降参させることが出来ないでいる、とヴェアシュッツ氏は批判。現実はその反対になっている、と。ロシア人たちは戦場では優位に立っていると考えているし、今や何らかの妥協を受け入れるという意思も希薄だ。
Auch das geschlossene Vorgehen der EU und der USA,
auch puncto Waffenlieferungen, sei inzwischen zerbröselt:
"Amerikaner und Europäer haben keine gemeinsame Linie.
Das Einzige, was beide gemeinsam haben, ist: Sie sind nicht bereit,
für die Ukraine zu sterben."
EUとアメリカの一致団結したアプローチも、それから武器提供に関しても、そうこうするうちに崩れてしまった。「アメリカ人とヨーロッパ人に共通の路線はない。唯一共通しているのは、どちらもウクライナのために死ぬ覚悟がないということだ」。
"Nur lächerlich"
「まったく馬鹿げている」
Als Ausweg sieht er nur einen neuerlichen radikalen Kurswechsel
durch Donald Trump: "Die Amerikaner müssten sagen: Wir können
das alles nicht zulassen, wir müssen die Ukraine so unterstützen,
dass sie in eine Position kommt, wo sie die Front stabilisiert und
die Kriegskosten für Russland so hoch werden, dass der Kreml
zu einem Kompromiss bereit ist." Die Ukraine brauche zudem
belastbare Sicherheitsgarantien analog zu Artikel 5 der NATO.
ヴェアシュッツ氏は、ドナルド・トランプによる新たな急進的路線変更だけが唯一の出口だと考えている: 「アメリカはこう言わねばならぬだろう。つまり、このような事態を許すわけにはいかない。ウクライナが戦線を安定させ、ロシアにとって戦争の代償が高くなり、クレムリンが妥協する用意ができるような状態になるよう、我々はウクライナを支援しなければならない、と」。ウクライナはまた、NATOの第5条に類似した強固な安全保障も必要としている。
"Das einzig Seriöse, was Europa tun könnte, ist,
die Ukraine so aufzupäppeln, dass […] sie nach einem allfälligen
Waffenstillstand in der Lage ist, den Eintrittspreis so hochzuhalten,
dass man sie nicht angreift. […] Die Rückkehr zu einer Realpolitik
ohne große Ankündigungen wäre vielleicht der erste Schritt.
Nach Kiew fahren und große Töne zu spucken – das ist kontraproduktiv.
Wenn Merz Putin ein Ultimatum stellt, ist das nur lächerlich."
「欧州ができる唯一の真剣なこと、それは停戦の可能性が高まった後、ウクライナが攻撃されないように入場料を十分に高く維持できるような形でウクライナを安定させることだろう。[中略)大げさな発表をせずに現実的な政治に戻ることが、おそらく最初の一歩になるだろう。キエフに出向いて行って大口をたたくのは逆効果だ。メルツ(ドイツ語国の新首相、訳者、ご存じでしょう)がプーチンに最後通牒を突きつけるなんて馬鹿げている」。
"Kanonenfutter, keine Soldaten"
「大砲の餌であって、兵士ではない」
Wir als Europäer müssten endlich aufwachen und
in die Gänge kommen, mahnt Wehrschütz: "Wenn wir
irgendeine minimale Rolle in der Welt spielen wollen,
müssen wir in der Lage sein, uns selbst zu schützen."
Dabei lässt sich der Milizoffizier auch zu einer harschen Kritik
an der österreichischen Innenpolitik hinreißen: "Sechs Monate
Wehrdienst sind eine Schande. Damit produzieren wir
Kanonenfutter und keine Soldaten."
我々ヨーロッパ人はついに目を覚まし、ギアを入れなければならない、とヴェアシュッツ氏は警告する。「我々(オーストリア人のこと? 訳者)が世界で何らかの最低限の役割を果たしたいのであれば、自分の身は自分で守らなければならない」と。その過程で、民兵将校はオーストリアの国内政策に対する厳しい批判にも熱を上げている: 「(オーストリア国では、訳者の補足)六か月間の兵役義務があるが、それは恥だ。と言うのも我々は大砲の餌を生産しているのであって、兵士を生産しているのではない」
Auch die NATO als Verteidigungsmacht sieht der Kriegsberichterstatter
in Trümmern liegen. Wer zieht in den Krieg, sollte Russland nur ein kleines Dorf
im Baltikum angreifen? "Die Europäer sicher nicht", lautet seine düstere Antwort.
Dann wäre die NATO tot: "Wenn sie sich genauso heldenhaft verhalten wie 2004
beim Aufstand im Kosovo, dann ist das eh wurscht." Ohne die USA ist das Bündnis
für Wehrschütz de facto wertlos: "Die NATO hat immer geheißen: amerikanische
Rückversicherung."
戦争特派員はまた、NATOを 廃墟と化した防衛軍と見ている。ロシアがバルト三国の小さな村一つを攻撃したところで、誰が戦争を仕掛けるのか?という問いに、同氏は「もちろんヨーロッパ人ではない」と答えた。「もし彼らが2004年のコソボ蜂起のときと同じように英雄的な振る舞いをすれば、いずれにせよ問題にはならない」。アメリカがいなければ、ヴェアシュッツ氏にとって同盟は事実上無価値である。「NATOは 常にアメリカの再保険だ、と言われてきた」と。
"Werden immer wieder auf die Nase fallen"
「何度となく失敗するだろう」
Ohne eine neuerliche Aufrüstung werde Europa weiter
vom Kreml verachtet und ignoriert werden: "Putin nimmt
die ernst, die ihm etwas entgegenzusetzen haben", schärft
Wehrschütz nach.
新たな軍備がないとヨーロッパ(関連国)は相変わらずクレムリンによって馬鹿にされ無視されるだろう、と。「プーチンは自分に反対する何かを持つ者たちを真剣に受け止めるんだよ」ヴェアシュッツ氏は強調。
Er warnt vor völlig neuen Playern auf der Bühne der Geopolitik:
"Das Zeitalter der westlichen Dominanz ist vorbei. Das haben wir
noch immer nicht kapiert. Wir sind nicht mehr unipolar. Wenn wir
das nicht verstehen, werden wir immer wieder auf die Nase fallen."
地政学のステージの上に全くの新顔プレーヤーたちに対して警告している。「西側諸国の支配時代はもう終わっている。このことを未だ我々は理解していない。我々はもう単極ではないんだよ。このことを理解しないとなると、我々は何度でも顔を真っ赤にすることだろう」と。
「男の牙城」ウィーンフィルハーモニー管弦楽団が崩れつつある
ウィーンフィルを巡っての以下の新聞記事は、別のオーストリア新聞社による、いわば続報です。
今年1月1日のウィーンフィルによる恒例ニューイヤーコンサートから、2024年10月30日現在、ほぼ11か月経過しました。
今年(2024)一月、当該オーストリア新聞社の新聞記事では女性の指揮者がいつ登場するのか、女性作曲家の作品がいつニューイヤーコンサートのプログラムに採用されるのか、といった点について長々と書かれていました。
この二つの点についての回答が以下の記事で明確にされたと言えるでしょう。
"Männerbastion" Wiener Philharmoniker bröckelt
「男の牙城」ウィーンフィルが崩れつつある
Riccardo Muti dirigiert beim Neujahrskonzert das Werk einer Komponistin;
erstmals wird eine Frau ein Abo-Konzert leiten. Kronenzeitung: Dienstag, 15. August 2024, Seite 45
リッカルド・ムーティは新年(2025年)のコンサートで、ある女性作曲家の作品を指揮する、
サブスクリプション・コンサートでは女性が初めて指揮を執る
→Die Wiener Philharmoniker residieren derzeit bei den →Salzburger Festspielen.
Rund um →den heutigen Feiertag Mariä Himmelfahrt leisten die "Wiener" einen
gewichtigen Beitrag zum diesjährigen Jubiläum anlässlich des 200. Geburtstags
der oberösterreichischen Komponisten →Anton Bruckner.
ウィーンフィルは目下、ザルツブルク音楽祭にお邪魔している。本日金曜日(2024年8月15日)は(オーストリアでは)祝日で”聖母マリアの被昇天”と称されるが、この日を巡ってウィーナ(ウィーンフィルの略称)はオバーエストライヒ出身の作曲家アントン・ブルックナーの今年生誕200年の祝祭に重要な貢献を果たす。
Stardirigent Riccardo Muti dirigiert bei seinen traditionsreichen Matineen
mit den "Wiener" im→ Großen Festspielhaus →Bruckners monströse Achte Sinfonie.
Das Konzert wird live in Ö1 übertragen. Weitere Konzerttermine gibt es am
Samstag, 17., und Sonntag, 18. August.
スター指揮者のリッカルド・ムーティはザルツブルク祝祭大劇場でウィーンフィルと一緒に本人自身の伝統的なマチネ(昼公演)でブルックナーの長大な第8交響曲を指揮する。このコンサートはラジオ局 Ö1 で実況放送される。他のコンサートの日取りとしては土曜日の8月17日、そして日曜日の8月18日がある。
Muti geht übrigens in sein 54. Jahr am Pult der "Wiener", und er wird -
dieses Geheimnis lüftete soeben - am 1. Jänner 2025 zum siebenten Mal
das Neujahrskonzert im →Musikverein leiten. Eine nächste Überraschung
wurde leider nur halb enthüllt: "Ich werde noch keinen Namen verraten,
aber wir werden dabei erstmals das Werk einer Komponistin spielen",
stellte Orchestervorstand Daniel Froschauer in Aussicht.
ところで、ムーティ自身は54年目のウィーナ指揮台に立つ、それとこの秘密を明らかにしたのだが、2025年1月1日、本人にとっては第7回目のウィーン楽友協会での新年コンサートを担当する。それともう一つのサプライズがたった今、残念ながら半分だけだが、明かにされた。「私としてはまだ名前を明かすことはしない、が我々としてはそこで初めて女性作曲家の作品を演奏することになるだろう」と同楽団の団長ダニエル・フロッシュハウア。
Die zehn Ab-Konzertprogramme der kommenden Saison liegen in den
Händen von zehn musikalischen Leitern. Neben Muti finden sich
Christian Thielemann, Franz Welser-Möst und Stammgast Zubin Mehta,
der vor 63 Jahren erstmals das Orchester dirigierte, am Pult. Erstmals
wurden auch drei Debütanten damit betraut. Und hier setzt die "Männerbastion"
eine nächste Sensation: Der litauischen Dirigentin Mirga Graziyte-Tyla wird
diese Ehre als erste Frau überhaupt zuteil. Weiters feiern Jungstar Klaus
Mäkelä oder Yannik Nezet-Seguin Abo-Debüs. Asien-Tournee der "Wiener"
wird von Andris Nelsons musikalisch geleitet.
来シーズンのサブスクリプション・コンサートプログラム10曲が、10人の音楽監督の手中にある。 ムーティの他には、クリスティアン・ティーレマン、フランツ・ヴェルザー=メスト、そしてレギュラー・ゲストのズービン・メータが指揮台に立つ。ズービン・メータは63年前に同楽団を初めて指揮した。今回初めて、3人のデビュー組も任された。 そしてここに「男の牙城」が新たなセンセーションを巻き起こす。リトアニア出身の指揮者ミルガ・グラツィエテ=タイラは、女性として初めてこの栄誉を受けた史上初の女性指揮者 である。若手スター、クラウス・マケラとヤニク・ネゼ=セガンもサブスクリプション・デビューを飾る。 アンドリス・ネルソンスは「ウィンナー」のアジア・ツアーの音楽監督を務めている。
Neujahrskonzert in Linz huldigt dem Walzerkönig
リンツでの新年(2025)コンサートはあのワルツ王にオマージュを捧げる
Schauplatz Linz: Chefdirigent Markus Poschner und das →Bruckner Orchesters
widmen ihr Neujahrskonzert im Brucknerhaus dem Walzerkönig Johann Strauß,
weil man im Jahr 2025 dessen 200. Geburtstag feiert. E. Rathenböck
舞台をリンツに移そう。主席指揮者のマルクス・ポシュナーとリンツ・ブルックナー管弦楽団はブルックナーハウスでの新年コンサートではワルツ王ヨーハン・シュトラウスに捧げる、というのも2025年はシュトラウス生誕200年を祝うからである。
今年1月1日のウィーンフィルによる恒例ニューイヤーコンサートから、2024年10月30日現在、ほぼ11か月経過しました。
今年(2024)一月、当該オーストリア新聞社の新聞記事では女性の指揮者がいつ登場するのか、女性作曲家の作品がいつニューイヤーコンサートのプログラムに採用されるのか、といった点について長々と書かれていました。
この二つの点についての回答が以下の記事で明確にされたと言えるでしょう。
"Männerbastion" Wiener Philharmoniker bröckelt
「男の牙城」ウィーンフィルが崩れつつある
Riccardo Muti dirigiert beim Neujahrskonzert das Werk einer Komponistin;
erstmals wird eine Frau ein Abo-Konzert leiten. Kronenzeitung: Dienstag, 15. August 2024, Seite 45
リッカルド・ムーティは新年(2025年)のコンサートで、ある女性作曲家の作品を指揮する、
サブスクリプション・コンサートでは女性が初めて指揮を執る
→Die Wiener Philharmoniker residieren derzeit bei den →Salzburger Festspielen.
Rund um →den heutigen Feiertag Mariä Himmelfahrt leisten die "Wiener" einen
gewichtigen Beitrag zum diesjährigen Jubiläum anlässlich des 200. Geburtstags
der oberösterreichischen Komponisten →Anton Bruckner.
ウィーンフィルは目下、ザルツブルク音楽祭にお邪魔している。本日金曜日(2024年8月15日)は(オーストリアでは)祝日で”聖母マリアの被昇天”と称されるが、この日を巡ってウィーナ(ウィーンフィルの略称)はオバーエストライヒ出身の作曲家アントン・ブルックナーの今年生誕200年の祝祭に重要な貢献を果たす。
Stardirigent Riccardo Muti dirigiert bei seinen traditionsreichen Matineen
mit den "Wiener" im→ Großen Festspielhaus →Bruckners monströse Achte Sinfonie.
Das Konzert wird live in Ö1 übertragen. Weitere Konzerttermine gibt es am
Samstag, 17., und Sonntag, 18. August.
スター指揮者のリッカルド・ムーティはザルツブルク祝祭大劇場でウィーンフィルと一緒に本人自身の伝統的なマチネ(昼公演)でブルックナーの長大な第8交響曲を指揮する。このコンサートはラジオ局 Ö1 で実況放送される。他のコンサートの日取りとしては土曜日の8月17日、そして日曜日の8月18日がある。
Muti geht übrigens in sein 54. Jahr am Pult der "Wiener", und er wird -
dieses Geheimnis lüftete soeben - am 1. Jänner 2025 zum siebenten Mal
das Neujahrskonzert im →Musikverein leiten. Eine nächste Überraschung
wurde leider nur halb enthüllt: "Ich werde noch keinen Namen verraten,
aber wir werden dabei erstmals das Werk einer Komponistin spielen",
stellte Orchestervorstand Daniel Froschauer in Aussicht.
ところで、ムーティ自身は54年目のウィーナ指揮台に立つ、それとこの秘密を明らかにしたのだが、2025年1月1日、本人にとっては第7回目のウィーン楽友協会での新年コンサートを担当する。それともう一つのサプライズがたった今、残念ながら半分だけだが、明かにされた。「私としてはまだ名前を明かすことはしない、が我々としてはそこで初めて女性作曲家の作品を演奏することになるだろう」と同楽団の団長ダニエル・フロッシュハウア。
Die zehn Ab-Konzertprogramme der kommenden Saison liegen in den
Händen von zehn musikalischen Leitern. Neben Muti finden sich
Christian Thielemann, Franz Welser-Möst und Stammgast Zubin Mehta,
der vor 63 Jahren erstmals das Orchester dirigierte, am Pult. Erstmals
wurden auch drei Debütanten damit betraut. Und hier setzt die "Männerbastion"
eine nächste Sensation: Der litauischen Dirigentin Mirga Graziyte-Tyla wird
diese Ehre als erste Frau überhaupt zuteil. Weiters feiern Jungstar Klaus
Mäkelä oder Yannik Nezet-Seguin Abo-Debüs. Asien-Tournee der "Wiener"
wird von Andris Nelsons musikalisch geleitet.
来シーズンのサブスクリプション・コンサートプログラム10曲が、10人の音楽監督の手中にある。 ムーティの他には、クリスティアン・ティーレマン、フランツ・ヴェルザー=メスト、そしてレギュラー・ゲストのズービン・メータが指揮台に立つ。ズービン・メータは63年前に同楽団を初めて指揮した。今回初めて、3人のデビュー組も任された。 そしてここに「男の牙城」が新たなセンセーションを巻き起こす。リトアニア出身の指揮者ミルガ・グラツィエテ=タイラは、女性として初めてこの栄誉を受けた史上初の女性指揮者 である。若手スター、クラウス・マケラとヤニク・ネゼ=セガンもサブスクリプション・デビューを飾る。 アンドリス・ネルソンスは「ウィンナー」のアジア・ツアーの音楽監督を務めている。
Neujahrskonzert in Linz huldigt dem Walzerkönig
リンツでの新年(2025)コンサートはあのワルツ王にオマージュを捧げる
Schauplatz Linz: Chefdirigent Markus Poschner und das →Bruckner Orchesters
widmen ihr Neujahrskonzert im Brucknerhaus dem Walzerkönig Johann Strauß,
weil man im Jahr 2025 dessen 200. Geburtstag feiert. E. Rathenböck
舞台をリンツに移そう。主席指揮者のマルクス・ポシュナーとリンツ・ブルックナー管弦楽団はブルックナーハウスでの新年コンサートではワルツ王ヨーハン・シュトラウスに捧げる、というのも2025年はシュトラウス生誕200年を祝うからである。
毎年正月恒例のウィーンフィル・コンサート:女性指揮者の起用はいつになるのかしらん!?
PHILHARMONIKER
Wann endlich dirigiert eine Frau das Neujahrskonzert?
んまったくもう~いつになったらウィーンの新年コンサートで女性が指揮を執るのかしら?
Und wann erklingt erstmals das Werk einer Komponistin?
Alljährlich werden die Wiener Philharmoniker mit Fragen
bombardiert: Bisherige Antworten halfen dem Image nicht
Ljubiša Tošić
それに女性作曲家の作品が初めて鳴り響くのいつのことかしら? 毎年、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団には問い合わせが殺到している、が今までの回答は同楽団のイメージ向上の助けにはならなかった。
そう、今年も、男性指揮者の登場が続いています、
きっぱり言い切っても多分、全然間違いではないと思います。
そうした事実があるとは一顧だにすることもなく、例年正月のテレビ画面の前に腰かけてました。
今年の休憩時間の合間に流れる映像はオーストリア国の、魅力的な観光コマーシャルでした。
今年の演奏が終了した後、このドイツ語新聞記事を目にした次第でした。
来年2025年の指揮者の名前も既に明らかになっています。
頭文字は ”R” です。来年も男性ですね、マエストロ。
☆ ☆
それはさて置き、ウィンフィルの演奏家たちは全て男性ばっかりでした。
それがある年から(いつからだったのか?)女性も演奏に参加できるように
”規則”を変更したのですね。
確かに今年だけではない、昨年だって、一昨年だって演奏者の中には女性が混じっている。
テレビの画面で疑いもなく確認出来ています。
私に限ってのことですが、オーストリア移住後はいつの間にか、
毎年のお正月、「ああ、またも新年になってしまったのか!?」と
嘆息しながらも、このウィンフィルの演奏をまずは鑑賞することにしようか、
ちょっとだけ新年気分に浸らして貰うことにしよう、とテレビの前に居座る習慣になってしまいました。
お正月のおせち料理は残念ながらもうとっくのとおに、悲しくも淋しくも、
何十年と目の前には見られなくなってしまいました。
日本の伝統的な食事は私に限っては一緒に生き延びることはもうなくなりました。
Der Tag wird kommen, an dem auch die Orchesternamen
mit der Realität gleichziehen: Dann werden sich die Berliner
Philharmoniker "Berliner Philharmoniker:innen" nennen.
Und der Edelklang, der den Globus alljährlich mit Walzern weckt,
wird sich womöglich auf "Wiener Philharmoniker:innen"
umgetauft haben. Mittlerweile sind 22 Instrumentalistinnen
fixer Teil des etwa 150 Mitglieder zählenden, weltweit reisenden
Orchesters, das zugleich an der Staatsoper für Niveau sorgt.
その日はやってくるでしょう。その日にはオーケストラ自体の名称も現実とマッチさせることでしょう。そうなるとベルリン男性交響楽団は 「ベルリン男女混成交響楽団」と呼ばれるでしょうね。それに、そのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の高貴な演奏はワルツのリズムと一緒に毎年地球全体を覚醒させるし、可能ならば 「ウィーン男女混成交響楽団」といった風に名称変更に落ち着くことでしょうね。今となってはほぼ150名と数え上げられる全楽団員のうち女性演奏家22名が確固とした構成員をなし、世界中を旅するオーケストラとなっています。と同時にこのオーケストラはウィーン国立歌劇場を受け持ちそのレベルの高さを提供しています。
Der Tag その日とは? 言わずもながですよ、ね。いつでしょうか、興味津々。
次!
まあ、良く調べ上げておりますね。
それがジャーナリストと呼ばれる人たちの特技の一つでもあるようですね。
昨今は investigative journalism と言われるようになってきています。
楽団員は何名いるのでしょうか、そのうち女性演奏家は何人いるのでしょうか。
この私がそんな質問を受けたしても即座には全然答えられませんが、
このドイツ語新聞記事の記者(因みに、この記者は男性? 女性?
私は女性ではないかと踏んでいますが、)、この方はちゃんと知っているので
親切にも我々読者にその情報を提供してくれています。
数字は間違っていないことでしょう。
そういうことで楽団員の中には男性しか見いだされないじゃないか!!
といった今までの”非難”やら”偏見”やらを打ち破っていることは確かですね。
Es könnte bei den Wienern aber am längsten dauern.
Peinlich spät, nämlich erst 1997, und nicht unwesentlich
bedingt durch Boykottaufrufe in den USA, öffnete man sich
für Musikerinnen.
だが、ウィーン子たちにあっては一番長く時間がかかると考えられるかも。気まずくも遅かった、つまり1997年になって初めて女性音楽家たちへの道が開かれたのですが、それは米国での、その無意味ではない条件付きボイコット要求の叫びを介してであったのです。
Langsam scheint man sich bei akuten Fragen zu bewegen,
die über das Orchester stets um den Jahreswechsel
hereinbrechen. Es entsteht der Eindruck, man reagiere nur,
wenn der äußere Druck ungemütlich hoch wird.
am längsten== the longest
unwesentlich==insignificant
hereinbrechen= brechen und nach innen fallen;
übertragen, unpersönlich: überraschend und unerwartet geschehen/beginnen
同オーケストラの常として、年の変わり目には急を要する問題が降りかかる、そうするとそれらの問題にゆっくりと対応し始めるようなのだ。外からの圧力が不快にも強くなる時だけに反応するのだろうといった印象がそこには生まれている。
Wenn der Dirigent will
男性指揮者が欲するならば、、、
Bei der Pressekonferenz zum
diesjährigen Neujahrskonzert wurde es wieder seltsam:
Als die Frage aufkam, warum nicht endlich Stücke von
Komponistinnen Einzug ins Programm fänden,
meinte Orchestervorstand Daniel Froschauer,
da gebe es keine grundsätzlichen Vorbehalte.
Nur sei man "noch nicht so weit", man schaue sich
"das Repertoire aber an". Dann entfleuchte ihm aber
noch ein missverständlicher Satz: Das Ganze sei
keine Genderfrage – "sondern eine der Qualität".
entfleuchte→ entfleuhen== to escape
Repertoire ==repertoire
今年2024年の新年コンサートの記者会見はまたも奇妙なこととなった。どうして女性作曲家の作品がコンサートプログラムの中には見いだされないのか、という質問が持ち上がった時、同オーケストラ楽団長のダニエル・フロシャワー氏はこう答えた。根本的言って何らの留保は存在しない、と。「そうなる(女性指揮者の登場のこと、訳者)までには時が満ちていない」、「でも、レパートリを」探し求めているところだ」と。ところが、その後でもっと誤解を招く一文が本人の口から洩れた。全ては男女の性別云々といった問題なのではなく、「クオリティの問題なのです」と。
Als Subbotschaft blieb übrig, es gäbe
keine gehaltvollen Stücke von Komponistinnen.
Tatsächlich aber ist man dabei, die Frauenstückquote,
die bei null Prozent liegt, zu verbessern. Animiert durch
die in diesem Bereich sehr engagierte und forschende
Journalistin Irene Suchy ist man wohl dabei, Material zu studieren.
"Ich habe Froschauer Infos zu Komponistinnen mitgebracht und
auch mitgeteilt, wo die Noten zu finden sind. Er meinte:
Eventuell gebe es 2026 beim Neujahrskonzert eine Komponistin –
wenn der Dirigent es denn will!", sagt Suchy.
Subbotschaft==submassage (telecommunications) A message that makes up part of another message.
blieb übrig → übrigbleiben == (als Rest) noch da sein;
in der Wendung: nichts anderes übrigbleiben, als: keine weitere Möglichkeit haben, als
gehaltvoll= reich an bestimmten (wünschenswerten) Stoffen, substantial
man ist debei
サブメッセージとして残ったこととは、女性作曲家による作品はないということだ。確かに女性の作品の割合は目下ゼロパーセント、でもそれを改善する過程にはある。この分野では特に献身的なリサーチジャーナリストのイレーネ・ズーチさんにインスパイアされて、今は作品の研究は順調に進んでいる。「わたしはフロシャワー氏からの情報を女性作曲家たちに持ち込みましたし、同時に楽譜はどこで見出せるものかも伝えました」と。フロシャワー氏が仰ったことですが、2026年のニューイヤーコンサートに女性作曲家が登場するかもしれない 、尤も担当の指揮者がそれを望むならば、という条件付で」とズーチさんの言。
女性作曲家の作品が取り上げられることだけでなく、女性指揮者についても言及が続いていますね。さて、この段落では、2026年のニューイヤーコンサートではもしかしたら女性指揮者の登場があるかも、と仄めかされていますね。
Es gab da was ...
昔々、何々があった、、、
Wenn es ein bisschen schneller geht?
Wenn Riccardo Muti ein mögliches Stück gefällt? Wird es dann –
für die Großbesetzung arrangiert – wundersamerweise womöglich
schon beim Neujahrskonzert 2025 das Stück einer Komponistin geben?
wundersamerweise == miraculously
もうちょっと早く進捗しないのかしらねえ。リカルド・ムーティにとって気に入る曲があるとしたらどうなのかしら? そうしたら大交響楽団用にアレンジした楽曲で、奇跡的にすでに(来年)2025年のニューイヤーコンサートでは女性作曲家の作品がお目見えかしら?
Ein Besuch beim 1. Wiener Neujahrskonzert der Komponistinnen
im Ehrbar-Saal, das nur Werke von Frauen präsentierte, hätte
die philharmonische Repertoirerecherche bereits am heurigen
Neujahrstag (terminlich günstig erst um 17 Uhr) akustisch
vertiefen können.
エーアバールホールでの第一回女性作曲家ウィーンニューイヤーコンサートを訪れたとしたならば、フィルハーモニのレパートリ研究を音響的に深められたことが出来たであろう。
Das Ensemble F interpretierte Stücke von Gisela Frankl,
die auch für das Frauenwahlrecht kämpfte.
Dazu erklang Musik von Josephine Amann-Weinlich, die
das erste europäische Frauenorchester leitete, wie auch
Miniaturen von Constanze Geiger, Clara Schumann und
Leopoldine Blahetka gegeben wurden.
Ensemble F == Ensemble F was founded by Miho Fukui in 2009.
It is mainly comprised of graduates of the Schola Cantorum Basiliensis (Basel)
and focuses on the performance of Vivaldi's Concertos on historical instruments.
Josephine Amann-Weinlich> https://www.geschichtewiki.wien.gv.at/Josefine_Amann-Weinlich
die Miniaturen (複数形)→ die Miniatur(単数形)==
アンサンブルFは 女性参政権のために戦ったギゼラ・フランクルによる作品を解釈した。それに加えて、ヨーロッパで初めて女性オーケストラを指揮したのジョゼフィーネ・アマンヴァインリッヒの音楽、それにコンスタンツェ・ガイガーやクララ・、シューマンそしてレオポルディーネ・ブラエトカの小曲も演奏された。
Im Windschatten des Repertoirethemas und
der schon traditionellen Debatte über die Spielbarkeit des Radetzky-Marschs
stellte sich auch die Frage, wann endlich eine Dirigentin das Neujahrskonzert
leiten würde.
レパートリーというテーマとラデツキー行進曲の演奏可能性に関する伝統的な議論の流れの中で、次のような質問も出た。女性指揮者がニューイヤー・コンサートを指揮するのはいつになるのだろうか、という疑問である。
列車内の忘れ物、オーストリアはオーバーオーストリア州に限って、ですが
列車の中に何をかを忘れ物してしまったことがありますでしょうか。
わたしはあります。今でも思い出すとちょっと自分の不甲斐なさを感じてしまいます。
ドイツ発の国際列車に乗っていたのです。オーストリアを経由していわゆる旧東ヨーロッパのある国の終点までへと予定通り走り続けていたに違いない。国際列車でしたが、ドイツ国内だけでの移動、しばらくしたら途中下車するつもりでしたから。それは確かOsnabrückという駅 だったかと思います。
乗車後、車内、自由席を窓際に目敏く見つけて直ぐに腰かけた。安心して、上着を脱いで軽快気分になり、それを窓際のフックにふっ掛けた。目的の駅まではまだ十分時間があると余裕綽綽。列車が途中でゆっくりと停止する、そして暫くするとまたゆっくりと発車する、そんな繰り返しを腰かけたまま全身で何度か、二度、三度感じていた。ここは何という駅だろう、と窓外を見たら、あれっまっ! 目的地の駅じゃないか! と急に発見。そこで慌てた。泡を食った。非常に慌てながら急遽、単身、身軽に下車した。プラットフォームに降りたのは私だけか!?
プラットフォームに無事降りられて安心したと思いきや急に我に返った。
しまった! 上着を窓際に掛けたまま忘れて降りて来てしまったのだ。
どうしよう、どうしようか? どうする? どうするのか?
列車はもう先へと行ってしまった。追いかけようとしても追いつけない。どうしよう? どうしたら良いのか。
とても泡を食ってしまっていた。動転している自分を感じていた。そこに一人唖然と突っ立って不安は隠せない、が周りには誰もいない。
しばらくしたら、これは幸いとプラットフォームに駅員さんを発見した。駆け寄って助けを求めた。事情説明を試みた。興奮しながらも我が
拙いドイツ語で全身全霊を動員して意思疎通を心試みていた。
通じたのか、通じてないのか、私が求めることが了解出来たのだろうか。
駅員さんはどうしようもないといった消極的な反応振りしか見せない。
あの列車の中にジャケットを置き忘れてきてしまったのですよ!!
どうしたら良いのですか!?
どうしようもないということは我ながら薄々もう分かって来てしまっていた。
諦められない、でも諦めるしかないのだ。当該の座席にやってきた誰かは持ち主なしのジャッケトを発見して、多分、ホックから外しそのま
ま持って行ってしまうことだろう。
駅の外、上着なし、ワイシャツ姿で意気消沈、市内中心へととぼとぼと重い足取りで歩いて行った。
残念、悔しい。どうしたら取り戻せるのだろうか、列車は終点駅までへと今も進行中、戻って来ることはあり得ない、それは日よ見るよりも明らか。何の手の施しようがないと自分を納得させるしかなかった。無い無い尽くしであった。
実はジャケットの内ポケットの中には結婚を予定している彼女の笑顔カラー写真一枚が大事そうに収まっているのだ。それがジャケットと一緒に目の前から消えてしまった。まるで彼女を失ってしまったかのような気分、自分の所為で写真を紛失してしまったとは口が滑っても言えないと思い続けていた。
わたしはあります。今でも思い出すとちょっと自分の不甲斐なさを感じてしまいます。
ドイツ発の国際列車に乗っていたのです。オーストリアを経由していわゆる旧東ヨーロッパのある国の終点までへと予定通り走り続けていたに違いない。国際列車でしたが、ドイツ国内だけでの移動、しばらくしたら途中下車するつもりでしたから。それは確かOsnabrückという駅 だったかと思います。
乗車後、車内、自由席を窓際に目敏く見つけて直ぐに腰かけた。安心して、上着を脱いで軽快気分になり、それを窓際のフックにふっ掛けた。目的の駅まではまだ十分時間があると余裕綽綽。列車が途中でゆっくりと停止する、そして暫くするとまたゆっくりと発車する、そんな繰り返しを腰かけたまま全身で何度か、二度、三度感じていた。ここは何という駅だろう、と窓外を見たら、あれっまっ! 目的地の駅じゃないか! と急に発見。そこで慌てた。泡を食った。非常に慌てながら急遽、単身、身軽に下車した。プラットフォームに降りたのは私だけか!?
プラットフォームに無事降りられて安心したと思いきや急に我に返った。
しまった! 上着を窓際に掛けたまま忘れて降りて来てしまったのだ。
どうしよう、どうしようか? どうする? どうするのか?
列車はもう先へと行ってしまった。追いかけようとしても追いつけない。どうしよう? どうしたら良いのか。
とても泡を食ってしまっていた。動転している自分を感じていた。そこに一人唖然と突っ立って不安は隠せない、が周りには誰もいない。
しばらくしたら、これは幸いとプラットフォームに駅員さんを発見した。駆け寄って助けを求めた。事情説明を試みた。興奮しながらも我が
拙いドイツ語で全身全霊を動員して意思疎通を心試みていた。
通じたのか、通じてないのか、私が求めることが了解出来たのだろうか。
駅員さんはどうしようもないといった消極的な反応振りしか見せない。
あの列車の中にジャケットを置き忘れてきてしまったのですよ!!
どうしたら良いのですか!?
どうしようもないということは我ながら薄々もう分かって来てしまっていた。
諦められない、でも諦めるしかないのだ。当該の座席にやってきた誰かは持ち主なしのジャッケトを発見して、多分、ホックから外しそのま
ま持って行ってしまうことだろう。
駅の外、上着なし、ワイシャツ姿で意気消沈、市内中心へととぼとぼと重い足取りで歩いて行った。
残念、悔しい。どうしたら取り戻せるのだろうか、列車は終点駅までへと今も進行中、戻って来ることはあり得ない、それは日よ見るよりも明らか。何の手の施しようがないと自分を納得させるしかなかった。無い無い尽くしであった。
実はジャケットの内ポケットの中には結婚を予定している彼女の笑顔カラー写真一枚が大事そうに収まっているのだ。それがジャケットと一緒に目の前から消えてしまった。まるで彼女を失ってしまったかのような気分、自分の所為で写真を紛失してしまったとは口が滑っても言えないと思い続けていた。
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